三重県最後の鬼瓦メーカーが示す、
人生100年時代の楽しみ方。

サタケ製鬼所

(有)サタケ製鬼所
三重県四日市市西山町6427-1
TEL:059-328-1757
https://onitoubou-kazu.com/

兄の技術は、そう簡単に盗めるものじゃないよ。

昼下がりの作業場は暖かな陽射しで満たされ、つけっぱなしのラジオが賑わいを添えている。鬼瓦をつくる職人、「鬼師」の佐竹一男(かずお)さんがつくっているのは、波をモチーフにした鬼瓦だ。フリーハンドでヘラを走らせ、粘土に直接図案を描く。それをトレーシングペーパーに映して、再び別の粘土に展開するのだという。下書きなし。すべて目分量というから驚きである。一男さんは数年前まで社長を務めていたが、その座を弟に譲り、83歳となった今は製造業務に専念しているそうだ。

鬼師の技に魅せられ、「撮ってもいいですか?」と訊くと、横から「ええよ」という声が飛んできた。快諾してくれたのは、社長を引き継いだ弟の一見(かずみ)さん、69歳。軽妙な語り口が印象的な営業マンでもある。企業秘密ではないのか気になったが、「ないないそんなもの」と一笑に付す。実際よくある技術なのか? それとも謙遜なのか? こちらが一瞬思案すると、一見さんはすかさず「誰かに知られても、どうせ真似できないやろ」とつけ足し、いたずらっぽく笑う。兄の技術は、そう簡単に盗めるものじゃないよと言われた気がした。

現在、2人体制のサタケ製鬼所は、三重県内で唯一存続する鬼瓦メーカーである。伝統技法を受け継ぐ希少な存在だが、そんな気負いは一切ない。純粋にものづくりを楽しむ2人に話をうかがった。

粘土にダイレクトに図案を描いていく。

[写真:左]粘土にダイレクトに図案を描いていく。「この程度は朝飯前」といわんばかりに、頭の中にあるデザインをさらりと再現してしまう。
[右]窓の外には満開のしだれ桜が。風情たっぷりの陶房である。

これも目分量!? 恐るべし、鬼師の技術。

鬼瓦とは、瓦屋根においてひときわ目立つ、棟木端部に取り付けられる装飾瓦を指す。呼び名の由来となった「鬼の面」を設置するのは、その恐ろしい形相をもって魔除け・厄除けするためである。一方で、鬼瓦のなかには雲や植物をかたどった優美なものが少なくない。雨水が棟の端部から浸入するのを防ぐ役割や、家を立派に見せる装飾品としての意味合いが大きいことから、鬼以外のモチーフも好まれるためだ。

サタケ製鬼所の事業の柱は、既存の城・寺や新築の民家に向けた鬼瓦である。このうち前者は型を使わず、手作業でつくるオーダーメイドの工芸品といってもいい。寿命を迎えた鬼瓦は新しいものに交換するが、歴史的建造物のため、今あるものと同じ鬼瓦が求められるそうだ。デザインは見たまま再現できる。難しいのは「サイズ合わせ」だと一男さんが説明する。

「焼いて乾燥させると、1割2分か3分くらい収縮する。それを見越して、あらかじめ大きめにつくるのが大変だわな」。

ここでも鬼師のカン・コツが物をいうのだ。もうひとつネックになるのは、「屋根の勾配」だという。勾配を見誤れば、せっかくつくった鬼瓦も設置できず、つくり直しになりかねない。

「古い城や寺の場合、図面がない。屋根の上にのぼって直接測れればいいけど、それができないときは地上から勾配を目測する。読み間違えることはないよ」。

兄に続き、一見さんがにっこり笑いながら補足する。

「大きな鬼瓦メーカーなら、勾配が似通ったものを在庫から見繕って納品することもできる。でも勾配が大きく違ったらお手上げやろ? その点、毎回うちは現地調査に行って、勾配がぴったり一致する鬼瓦をつくる。そこまできっちりやるのが、うちの自慢やな」。

鬼瓦のモチーフは多種多様。鬼の面

鬼瓦のモチーフは多種多様。鬼の面(左)があるかと思えば、鶴や亀などの縁起物をあしらったもの(右)もある。どちらも息を呑むほど精緻な仕事だ。

お金も名誉もいらない。
大切なのは、「生きがい」だから。

これまで、亀山城多聞櫓や伊勢志摩のおかげ横丁など、有名な城郭・街並みの鬼瓦を手がけたこともあったという。ただ、一見さん曰く「ニュースになるような華やかな仕事なんてめったにない」。そもそも知名度や規模、金額の大小にはあまり価値を置いていないように見受けられる。「そんな仕事もあったよな」というくらいの温度感なのだ。

「東海の技」というテーマで、テレビ局から1週間にわたって密着取材を受けたこともあった。だが、やはりと言うべきか、それを自慢する様子は微塵もない。

「周囲から評価されたい。ひと儲けしたい。そんな欲得は持ち合わせてないよ(笑)」

社長の一見さん。

歯に衣着せぬ物言いと、飾らない人柄が魅力的な社長の一見さん。

鬼師の一男さん

鬼師の一男さんは、83歳の今でも「ものづくりに夢中」だという。まさに天職なのだろう。

後継者のいない高齢の2人は、遠くない将来に店じまいすることも想定しているという。とはいえ、それはもう少し先の話。少なくとも当面は、鬼瓦づくりをやめるつもりはなさそうだ。一男さんは言う。

「ものづくりが好きだから。もう体がついていかないし、目が衰えて細かい作業も難しい。それでも夢中になる。もっといいものをつくりたくなる。つくることが生きがいやから」。

淡々とつくっているように見えて、実は熱い思いを胸に秘めていたのだ。細々とでも、できるだけ長く商売を続けていきたい。そう思っているのは、社長の一見さんも同じだ。

「お金なんてどうでもいい。そんな欲得はとっくになくなってる。兄は横で見ていても大変そう。でもセンスがあるし、意気込みもある。俺にはマネできないなと。仕事せんようになったら急に弱ると思う(笑)。まあ、やめられないわな」。

ものづくりを生きがいとし、生涯現役を貫くであろう兄と、その兄に活躍の場をつくるべく奔走する弟。「余生」や「セカンドライフ」などは眼中にないのだろう。人生100年時代を、ものづくりという天職に生きる。きっと2人に後悔はないだろう。

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