#11 (株)丸新
岐阜県瑞浪市稲津町萩原1213-3
TEL:0572-67-1300
工芸品としての、味わい深いタイル。
いったい誰が想像できるだろう。山間にある小さな工場から出荷されたタイルが、有名商業施設のフラッグシップ店の外観を彩り、皇室の住まわれる御所にもふんだんに使われている事実を。工場を訪問し、過去の納入事例を聞くにつけ、そんな驚きを覚える。社長の塚本さんが、実際にいくつかのタイル見本を見せてくれた。我々がふだん目にする均質なタイルとは、質感や醸し出される雰囲気が明らかに異なる。ゴツゴツ、ザラザラしているのだ。表面にこれほど凹凸やひっかき傷がついているものは新鮮だ。「職人が手作業で加工しています。うちが手がけるタイルの9割はオーダーメイドなんです。工業製品というより工芸品。こだわりの強い建築設計者に向けて、毎回、創意工夫しながらつくっています」。
街中で見かけるビルの外壁タイルも、戸建住宅の玄関や水回りのタイルも、その多くが規格化された量産品である。一方、この味わい深いタイルは、どの1枚を取っても世界にひとつだけの「作品」なのだ。どのような歩みの末、この領域にたどり着いたのだろうか。
オーダーメイドタイル
一本でいこう。
株式会社丸新は建築用タイルの製造会社だ。納入先は住宅、オフィスビル、学校、店舗などさまざまだが、いずれも意匠性を重視する案件という点で共通する。手間暇をかけてつくったタイルは、その価値を知るひと握りの建築設計者に選ばれているのだ。丸新が「量より質」で勝負することを選んだのは必然だった。もともと明治時代から食器をつくっていたが、1971年から瓦づくりへとシフト。その6年後の1977年、今度は湿式成形のタイルが流行りはじめたのを機に、タイル工場を設立。分社化して現在に至る。2002年に父親から会社を承継した塚本哲也さんは言う。「住宅の屋根瓦は特色を出しづらい。規模がものをいう装置産業だから、うちは価格面で大手に太刀打ちできなかった。それで、味わいや独自の風合いを出しやすい湿式成形のタイルに目をつけました。その中でも、より付加価値を高められるオーダーメイドタイルに絞っていったんです」。
日本国内のタイル市場は、ピーク時の平成初期と比べておよそ5分の1に縮小している。そんな厳しい事業環境下においても売上を堅持できているのは、タイル事業をスタートした頃から「量より質」を貫いてきたからなのだ。
量産品と一線を画す3つの工程。
オーダーメイドのタイルづくりは手間暇がかかるというが、量産品のタイルとは製造工程にどのような違いがあるのだろうか。工場を案内してもらって見えてきたのは、大きく3つの工程でその差が顕著となることだ。
1つ目は成形工程。量産品は粉末を金型に入れて押し固める乾式成形が主流である。それに対して丸新が採用しているのは、柔らかい粘土を金型から押し出す湿式成形。すぐそばには大量の金型が無造作に積まれている。数百個はあるだろうか。塚本社長が笑いながら答える。「あまりに多すぎて、いくつあるかは把握していません(笑)。オーダーメイドだから、毎回断面形状が違う。その都度新しい金型を用意して成形しているんです」。
2つ目は加工工程。やわらかな自然光が降り注ぐ室内に、コンコンコン、ガリガリガリという作業音が心地よく響く。成形直後の柔らかい粘土生地を、石で叩いて凹ませる。針のような治具でひっかく。顔料を擦り込む。さまざまな技法を駆使して、タイル1枚1枚に表情をつけていく。そのすべてが職人による手作業。もはや工場というより、工房という風情である。
3つ目は焼成工程。焼き物には大きく2つの手法がある。ひとつは均質な仕上がりに向いた酸化焼成で、量産品のタイルのほとんどがこの焼成方法となる。もうひとつは還元焼成。色ムラが生じやすいため、タイル1枚1枚に微妙なバラツキが生じる。それが味わいとなる一方で、バラツキを一定範囲内に抑えるのはきわめて難しく、熟練の技術が必要となる。
「湿式成形」「ハンドメイド加工」「還元焼成」。いずれも恐ろしいほど手間暇のかかる製法である。すべては自由な形状、バラツキのある色ムラや模様、質感を表現するためだ。「この3つ全てをやっているタイル製造会社はほとんどありません。おかげで時間がかかるし歩留まりも悪い。すごく大変ですよ(笑)」。
レンガもつくる。
ドバイ一の大富豪へ。
職人技を駆使したタイルはまさに工芸品。こだわりの強いタイル商社やその先の建築設計者から、大きな信頼を寄せられている。特殊な案件が次々に舞い込むという。「毎回毎回、現場が違えばオーダーも違う。もうこっちは大変です。すんなりいくことのほうが少ない」。
これまでで最も高難度だったのが、東京・渋谷のとあるオフィスビルの外壁タイルだ。1枚の建築写真を指差しながら、塚本さんが苦笑する。「これが、過去最大のタイルです」。そこには、長さ1メートルにもなる長方形のテラコッタ(素焼き陶器)が写っている。垂直方向に連結され、日射を遮蔽するルーバーとして機能しているのだ。「500本くらいつくりました。問題は熱収縮です。周辺部から乾いて縮んでいくのに対して、分厚い内部はなかなか縮まない。収縮差が大きいと、ひび割れのリスクがあります。いかにして均一に乾かし、収縮差が出ないようにするか試行錯誤しました。最終的に、乾燥だけで1週間くらいかけることで、この課題を解決しました」。
最近だと、ドバイ一の大富豪が新築した別荘向けのレンガが印象的だったという。丸新に白羽の矢が立ったのは、「白のレンガ」というオーダーだったことが大きい。「瑞浪周辺では、鉄などの不純物が混ざっていない白粘土が採れます。これが実は世界的に希少なんです。それに、ざらついた表情も求められました。どちらもうちの得意分野です。『こんな表現はどうですか?』と提案し、無事採用いただきました」。
無名のまま、輝き続ける。
建築家や施主の期待に応えたい。その強い想いは、納品後の姿勢にも表れている。「東京や大阪に出張した際は、自分たちが納めた現場をなるべく見に行くようにしています。大事なのは、施工後の建物がどう見えるかです。タイルは建物に貼られて納まったときが完成形なので」。実際、タイルを単体で見るのと、現場で集合体として見るのとでは、印象が異なるという。「縦貼りか、横貼りか。目地を詰めるか、広めにとるか。並べ方によっても見え方が変わってくるんです。これは工場ではわからないことですね」。この気づきを社員にも経験してもらうため、社員旅行では「建築視察」も欠かさないという。建築設計者やその先の施主がどう感じるか。そこに思いを馳せ、誇りを持って仕事をする職人であってほしい。そんな思いが込められているのだ。
建築雑誌に掲載される物件概要や建材情報に、タイル製造会社の名前まで掲載されることはあまりない。どんなにいい仕事をしても、丸新の名が広く知られる機会はそう多くはないだろう。あくまで黒子役に徹している。ホームページで実績をアピールすることもない。というより、ホームページすらつくらないと決めているのだ。「うちに営業はいません。建築家とつないでくれる商社や、タイルのプランニング会社とのパートナーシップを大切にしている。営業経費をかけずに、製造に専念できるメリットのほうが大きいので」。
とはいえ、もう少しアピールしてもいいのではないだろうか。塚本社長はさらりと言う。「うちには、コツコツと好きなものづくりに没頭する職人が多いんですよ。だから、余計なことに手をわずらわせず作業できる環境にしたい」。そして手仕事の喜びを、職人たちの想いを代弁するかのようにこう表現した。「つくったものを良かったとほめていただけたときが、一番うれしいんです。それまでの苦労が吹き飛びます」。そのシンプルな言葉に、ものづくりの原点を垣間見た気がした。
編集担当:後藤 成人
手間暇を惜しまないタイルづくりに感動!
お話には聞いていましたが、まさかここまで手作業ばかりだとは…。自動化された製造ラインを見慣れている私には、とても新鮮でした。実際、還元焼成で焼き上がったタイルは、どれも絶妙に色が違うって素敵なんです。その裏には、塚本社長や職人の方々の、工夫の積み重ねがありました。