#10 艶清興業(株)
愛知県一宮市三条字天神西29番地
TEL:TEL:0586-62-3211
https://www.tsuyasei.co.jp/
有名企業と肩を並べての
省エネ大賞受賞。
2021年度省エネ大賞を受賞。受賞企業一覧には、誰もが知る有名企業の名がズラリと並ぶ。8年におよぶ地道な取り組みが報われたことに対して、いったいどれほどの感慨があったのだろう―。と思いきや、大島清司社長の反応は至って冷静だった。「省エネ大賞を受賞しましたと言っても、取引先にはあまりウケないんですよね(笑)」。たしかに、アパレル業界でも「サスティナブル」がトレンドになっているが、同じ文脈で「省エネ」の文字を目にすることは少ない。おすすめの洋服を手に取り、いかにして製造工程で省エネを実現したかを熱心に語るショップスタッフなど、まずいないだろう。要するに、購入の決め手になりづらいのだ。省エネが一般の消費者に響かなければ、「取引先にウケない」のはごく自然なことかもしれない。
ただ、大島社長は省エネ活動に大きな手応えを感じている。「省エネは、本質的ですから」。たとえ対外的なアピールにつながらなくても、取り組む価値があるのだという。なぜそんな確信を得たのだろうか。事業内容と省エネについて話をうかがった。
理想の風合いは2つ。
梳毛(そもう)とシルク。
艶清興業株式会社は、愛知県一宮市に工場を構える染色整理加工の会社だ。女性用ストレッチパンツ向けの生地加工をメインに取り扱い、さまざまな色、風合いに仕上げる。特に、数十万メートル以上の長繊維と、数十ミリの短繊維を組み合わせた「長短複合繊維」など、難度の高い素材の加工に定評がある。営業畑出身の大島社長は、繊維営業のおもしろさをこう話す。「どんな風合いにするか提案して、うまくいけばヒット商品を世に送り出せる。一度当てるとやめられない楽しい仕事です」。大島社長自身も、いくつかのヒット商品を生み出した。例えば、たて糸とよこ糸のいずれもストレッチ素材で、かつ白色なのに透けない女性用パンツ。「それまで世の中になかった商品でした。うちの提案した生地が業界のスタンダードになることは珍しくありません」。
ヒット商品をつくるには、いったいどんな資質が必要なのだろうか。「生地の良し悪しを判別する“感性”です。触っているうちに感覚が養われていきます」。その言葉にハッとする。工場取材の際、大島社長はことあるごとに生地を触っていたのだ。おそらく“感性”とは、微妙な風合いの違いを指先で確かめる行為を何千回、何万回も繰り返した末につかむ「これはヒットする、ヒットしない」と判断できる才覚を言うのだろう。
とはいえ、その“感性”にも、きっと何らかの基準があるはずだ。「突き詰めると、いい風合いはたった2つ。ひとつは梳毛(そもう)。もうひとつはシルクです」。梳毛とは、毛足の長い羊毛をすいて短い繊維を取り除き、滑らかな質感にした繊維だ。高級スーツなどに使用される。「もちろん、トレンドにも左右されます。やわらかな質感が今っぽいよねとか。それが飽きられると、今度は張りのある質感がウケたりする。でも基本は、いかにして梳毛に近づけるか。あるいはシルクに近づけるか。ポリエステルもレーヨンも、ほかの新しい化学繊維もそう。めざす先は同じなんです」。
こんなに効果あるの!?
省エネのとりこに。
トレンドを意識しつつも、あくまで普遍的な価値を追求する。この姿勢は、艶清興業が8年前にスタートした省エネ活動にも共通するのだろうか。取り組みのきっかけについてうかがうと、大島社長は事業特性を挙げた。「染色整理加工は、エネルギー多消費型産業です。生産コストに占めるエネルギーの割合が非常に高い」。生地を洗い、染め、乾燥させ、風合いを整える。いずれの工程においても熱を大量に使う。言い換えると、重油やガス、電気を大量消費する。「原油やガスの価格が高騰するたびに企業体力を奪われてきました。これをなんとかしたかった。省エネに取り組まないと、いつか会社が立ち行かなくなる。そんな危機感がありました」。
まず、スチーム暖房を廃止し、エアコンとカーボンヒーターへ切り替えた。すると、効果はてきめん。C重油の使用量が1割減った。そのときの驚きについて、大島社長は興奮気味に話す。「省エネって、なんていいものだろうと思いましたよ。何かを我慢したわけじゃない。誰ひとり苦しまずにコストを削減できたんですから」。次に着手したのは、機械の保温だ。艶清興業の多くの設備には現在、銀色のグラスウール断熱材が巻かれている。これで機械から発散する熱を減らす。「以前までは、冬でも半袖で作業できるくらい暑かった。ところが、現場の社員がひとり、またひとりと上着を羽織りはじめた。『これはすごいぞ!』と効果を実感しました」。
15%の省エネ効果。
工場の空気も、会社の空気も変わった。
その後、関係各社に協力を仰ぎ、省エネ診断を実施。流量計を配管に設置し、各設備のエネルギー使用量を見える化した。「流量計は高額ですが、数値化されるからこそ、より明確に効果を実感できるんです」。確かな手応えを感じた大島社長は2017年、ついに省エネ設備投資に踏み切った。布地の汚れを熱湯で洗い落とす「精練機」、130℃の高温高圧下で染める「染色機」、180℃の熱風で風合いを整える「ヒートセット機」。いずれも環境負荷の大きい設備ばかりだった。そこにメスを入れ、排熱を回収・再利用できるものへと、次々に切り替えていったのだ。なかでも熱回収式ヒートセット機は、国内初導入という目玉施策。これにより、LPガスの使用量を3割以上削減することに成功した。
こうした取り組みの結果、設備投資による省エネ効果は約11%、自主的な省エネ活動による効果と合わせると15%にもなった。そして、2021年度省エネ大賞へ応募。一連の活動とその効果が評価され、省エネ事例部門において上から4番目の「省エネルギーセンター会長賞」に選出されたのだ。
艶清興業の事務所の一角には今、賞状とトロフィーが誇らしげに飾られている。やはり、相当うれしかったのでは―? しかし、そこで顔をほころばせたりしないのが大島社長だ。「実は、応募する少し前にボイラも更新したんです。その結果が出てからだったら、もうひとつ上の賞に選ばれたかもな…」ちょっぴり悔しそうな表情からは、8年にわたる地道な努力への自負が垣間見えた。
取り組みはじめた当初、社員の間からは疑問の声もあがったという。「『そんなことして意味あるの?』と、現場は半信半疑でした。でも、設備・配管の保温により工場の中が涼しくなり、省エネ大賞も受賞して、社内の空気も変わりました。気がついたら設備を自主的に直してくれますし、保温材も率先して巻いてくれます」。社員が同じ方向を向いてくれたこと。それこそが、大島社長にとって一番うれしかったことなのかもしれない。
省エネには、普遍的な価値がある。
アパレル業界では「SDGs」や「サスティナブル」を合言葉に、環境にやさしいファッションブランドが話題をさらう。一方、省エネに対する注目度は低い。そんな状況はもどかしいのでは―? 大島社長はこう吐露する。「温室効果ガス削減というとウケる。でも省エネといってもウケない。きっと“我慢”のイメージが強いんです。暑いのに冷房を抑えたり、寒いのにストーブを消したり。実際はそのイメージも過去のものなんですけどね…」。
2022年7月現在、エネルギー価格は高騰しつづけている。「省エネに取り組んでいて、本当によかったですよ。もしやっていなかったらと思うとゾッとします。省エネはコストダウンに直結するから、価格高騰の分もいくらかは吸収できる。対外的には、『自助努力をしています』と、はっきり伝えることができますし」。
こうして今、艶清興業の社内には「環境配慮は利益につながる」という考え方が、隅々まで浸透している。無駄なエネルギーを減らし、余ったエネルギーは再利用する。それによって、環境負荷低減とコストダウンを同時に実現できる。省エネに取り組む意義は、きわめて明快だ。たしかに、一般の消費者の興味は引きづらいし、アパレル業界のトレンドでもない。しかし、梳毛やシルクのように、省エネには時代に左右されない普遍的な価値があるのだ。
編集担当:大塚 卓
そのお話、もっと自慢しても
いいと思います!
少し、いや、ものすごく謙虚な大島社長。ヒット商品も省エネ大賞も、本当はすごい成果なのに、大したことじゃないかのように、さらりとお話しされるのが印象的でした。言葉の端々ににじむのは、染色整理加工への熱い想いと、省エネへの揺るぎない信念。ぐんぐんと話に引き込まれました。