<前編>では、「なんでガス会社のニイミさんがこんなことやってるの?」という皆さんからの素朴な疑問にお答えしました。微力かもしれないけれど町工場の力になりたい。私たちの想いが少しでも伝わったのならとても嬉しく思います。さらに北野常務は、このプロジェクトが実はニイミ産業の社内にもとても大きな変化をもたらしたと言います。いったいどう変化したのか?後編ではその実態に迫りました。
見るべきはガスメーターじゃない。お客様のビジネス全体。
Hello! FACTORYの編集委員は、誰もが完全な素人。情報誌編集の「いろは」の「い」もわからない。なぜなら、全員が普段は町工場にガスを売っている営業マンだから。情報誌の編集なんて人生で一度もやったことがない人間が編集委員に任命されれば、戸惑うのも当然である。
「『情報誌とは何か?』と問われて頭に浮かぶイメージも全員違う。目線合わせのためにプロジェクトスタート時、好きな情報誌を一冊持って来てもらいました。マニアックな雑誌を持ってくる人もいれば、求人情報誌を持ってくる人もいたり。そんな、てんでバラバラな状態からプロジェクトのめざすゴールイメージを全員ですり合わせていったんです」。
このプロジェクトが自分の売上につながるわけじゃない。「面倒なことに巻き込まれたな」と感じていたメンバーもいたかもしれない。けれど、プロジェクトは着実に一歩ずつ前に進んでいった。慣れない議論に苦労しながらも、編集委員一人ひとりにとってHello! FACTORYは少しずつ自分事になっていく。
「特に苦労したのが取材先の選定です。毎回の編集会議で、ニイミ産業のお客様の中から取材先候補を挙げてもらうのですが、『ここだ!』という候補がなかなか浮かばなかった。それもそのはず。皆、自分が担当しているお客様が『どんな技術を持ち』『どんな商品を作っていて』『その商品がどこに使われているのか』、詳しいことをほとんど知らなかったからです」
もっと、お客様のことを知らなければいけない。編集委員一人ひとりの意識が大きく変わった。ただガスを売るだけのやり取りではなく、お客様のビジネスについて、技術について積極的に対話するようになった。今では多くの営業メンバーが、お客様の事業の全体像をしっかりと理解している。
「これまで営業マンが見ていたのは、お客様のビジネスというよりガスメーター。 以前はとにかく価格勝負みたいなところもありましたから。でも今では顧客理解を深め、御用聞き営業ではない、課題解決型の提案も少しずつかたちになっている。このプロジェクトのおかげだと思っています」
情報誌の編集を通じて磨かれたのは、編集力より営業力。
変わったのは意識だけじゃない。編集委員一人ひとりの営業スキルも大きく向上したと言う。「なぜ情報誌を作って営業力が高まったのか?」、不思議に思うかもしれないが、この情報誌を発行するまでのプロセスを知ればきっと納得いただけるはずだ。
「取材先を選定するところから実際の取材、そして一部原稿制作までを編集委員が担当するんです。取材ではお客様の貴重なお時間をいただくわけですから、ムダなことを聞くわけにはいかない。会社案内やホームページを隅々まで読み込み、徹底的に準備して臨みます。取材中も、『こう聞くとこういう反応が返ってくるのか』、『ここを深掘りすれば話が広がるのか』など多くの気づきがありましたね」
町工場の長い歴史を紐解いていく過程で、開発が頓挫した話や、技術不足で悔しい思いをしたエピソードなどネガティブな出来事にも触れることになる。取材を通じてお客様の強みだけじゃなく、 その歴史を知り、課題までもしっかりと見つめることで、深いレベルのコミュニケーション力が営業メンバーの中に磨かれていった。
「お客様を知りたいという気持ち、そして実際に深く知るためのコミュニケーション能力。どちらも、営業力を高めるためには欠かせないもの。Hello! FACTORYの編集 を通じて営業メンバー一人ひとりの、お客様の困りごとを感じ取るアンテナ感度がとても高くなった。この力は、どんな業界やどんな仕事にも活きる本質的なもの。プロジェクトスタート時には予想もしていなかった副次的な効果が生まれてきたんです」
ビジネスと直接関係ないから、ビジネスを超えて繋がれる。
「取材をすると、一気に相手との距離が縮まるんですよ」
北野常務をはじめ編集メンバー全員が口を揃えてそう言う。実際に取材に行くまでは、相手先との日程調整や取材の準備で想像以上に大変だ。加えて通常業務が並行して動いているのだから、負担は相当なものだろう。お客様側も「いったい何を話せばいいのか…」と少なからず不安に感じているに違いない。しかし、取材が終わればそれまでの苦労や緊張感が一気にほどけると言う。
「やっぱり、ガスを販売するという実際のビジネスとは離れたところで対話しているからだと思うんです。『ああ、この人たちは自分たちが儲けようという目的で来ていないんだな』『純粋にうちの良いところを見つけて発信してくれようとしているんだな』と、取材をすれば心の深いところで理解していただける。そして、できあがった記事をお見せすると本当に喜んでいただけるんです。直接的に売上につながるわけではないけれど、競合には絶対にできないお客様支援ができているという手ごたえがあります」
確かに、このプロジェクトが本業に直接影響するわけではない。けれど、このプロジェクトを通して得られた編集委員一人ひとりの成長が、本業でのお客様の困りごとの解決につながっている。ビジネスとは関係ないところで生まれた絆が、お客様とニイミ産業の互いのビジネスに良い影響を及ぼしているとしたら、これほど嬉しいことはない。東海の町工場とニイミ産業、互いの成長の好循環を回すべく、Hello! FACTORYの編集委員はこれからも東海エリアの町工場を奔走しつづける。
「すごい技術、すごい商品を持っている工場だけが素晴らしいわけじゃありません。私は、私たちは、どんな町工場にもドラマがあることを知っています。その輝きに一社でも多くスポットライトを当て、一人でも多くの人に伝えていけるように、Hello! FACTORYの刊行をコツコツとつづけていきたいと思っています」