#02 八欧鍍金工業(株)
愛知県名古屋市港区天目町117
TEL:052-301-8000
自動車関連部品を中心に、主に鉄製品のメッキ加工を行う。防錆性や耐摩耗性のほか、審美性も要求される化粧メッキ分野に強みを持つ。
「このブレードなら、
5回転ジャンプも夢じゃない。」
そう言って中島社長が指さしたのは、フィギュアスケート用のブレード。2019年現在、羽生結弦や宇野昌磨、ネイサン・チェンといったトップスケーターでさえ、まだ4回転半ジャンプにすら成功していない。ところが、このブレードを使用すればバネのような効果が得られ、4回転半はおろか、さらに難易度の高い5回転も将来的に実現可能だというのだ。
そんな人類の限界を超えうるスケートブレードが発売されたのは昨年のこと。「商品として販売・普及させるには、審美性と耐久性が重要。そこでメッキの出番となるわけです。ただ、特殊鋼へのメッキは、技術的に非常に難しくてね。同業他社さんが4年も格闘したけど、結局挫折した。そこで、うちに白羽の矢が立ったんです。」中島社長は笑顔でこう続けた。「儲かる仕事じゃないですよ。月に数足ですから。でもね、よそができないことをやるのって、おもしろいじゃないですか。」
相手から「ぜひほしい」と
言われなきゃダメ。
いざ取り組んでみると、やはり特殊鋼へのメッキは苦労の連続だった。最終工程で氷と密着する刃先部分を研磨するのだが、その際にどうしてもメッキがめくれ、ボロボロと剥がれてしまうのだ。様々なメッキ方法を検証したくても、ブレード自体が非常に高価なため、現物で試験することは難しい。さらにはプレスリリースの時期が迫り、トライ・アンド・エラーを繰り返している時間的余裕もない。そんな八方塞がりの状況を解決したのは、これまでの長年にわたる試行錯誤をベースにした中島社長のひらめきだった。ある工程を増やせばうまくいくのではないかと仮説を立て検証したところ、無事成功。クライアントが求めていた見た目の美しさ、耐久性を実現することができたのだ。
中島社長は言う。「うちは最先端の製品や難しい案件を相談されることが多い。それは、マーケットの中でオンリーワンの存在になっていることの証。図面通りにメッキしてくれという仕事は来ない。来たとしてもお断りします。メッキ会社は、相手から『ぜひほしい』と言われる技術がないとダメなんです。」では、どのようにして、今のようなポジションを築いたのだろうか。会社設立と社長就任の経緯まで遡りうかがってみた。
「おふくろ!? なんで東京に??」
八欧鍍金工業は1968年設立のメッキ加工会社。名古屋市内に工場を構え、主に鉄製の自動車用部品に対して、ニッケルクロムなどの化粧メッキを施す仕事を請け負ってきた。「父が創業者でね、ゆくゆくは跡を継ぐことを期待されていた。でも僕自身は工場を継ぐつもりなんてなくてね。」そう語る中島社長だが、22歳のとき転機が訪れたという。「当時、僕は東京の大学生でした。商社で働くことを夢見て就職活動をしていたんです。ある日、アパートに帰ると大型トラックが停まっていて、なにやら作業員とおぼしき方々が見覚えのある荷物をトラックに積んでいくんです。まさか……。それは僕の部屋の家具たちでした。驚いてトラックに近寄ると、その助手席にはなんと名古屋にいるはずの母親の姿が……。そりゃびっくりしました。この状況で『就活なんてやめて、実家で働きなさい』と迫ってくるんですから。文字通り強制送還でした。」
まさに青天の霹靂だったというが、母親の本気の思いに心を動かされ、腹をくくった。跡継ぎとして、工場で働くことに決めた。
ぬるま湯に、明日はない。
28歳のとき、父親が病気で倒れた。急遽2代目社長に就任したが、それまで経営のことなどひとつも教わったことはなかった。どうすれば会社を潰さず、従業員とその家族の生活を守れるか。必死になって考えたという。
中島社長は危機感を持っていた。ただ仕事を請けて、ただ図面通りメッキするだけでは、技術が育たない。「確かに、自動車産業の裾野は広い。名古屋には仕事がいくらでもある。でもね、そんな『ぬるま湯』につかることこそが経営リスクなんじゃないか。そう考えたんです。」今は仕事があっても、10年後20年後の保証はない。やがて競争力を失っていくに違いない。そこで、中島社長は決めた。どこのメッキ会社でもできる仕事は、極力受けないと。難しい案件に積極的にチャレンジし、技術を磨いていこうと。
また、社長就任当時、自動車の金属バンパーが全盛の時代だった。八欧鍍金工業もその恩恵にあずかり、大量受注できた。一方で、いっときのブームで終わるかもしれないという不安もあった。案の定、数年後には樹脂バンパーに取って代わられ、その仕事は一気になくなった。目の前の技術トレンドに乗るだけでは、その製品が廃れたときのリスクが大きいということを身をもって学んだ。10年後のマーケットや技術トレンドを見通し、潜在ニーズの高い部品に目をつけ、仕事を請けることに決めた。
実際その後、技術革新の影響を受けにくいヘッドレストに狙いを定め、見事受注。さらに、品質基準が厳しく、高度なメッキ技術が求められる最新式のシートベルトの受注にも成功。現在も継続生産している。
「なんとかしてくれる。
八欧鍍金さんなら。」
こうした舵取りが実を結び、近年の売上は右肩上がり。中小のメッキ会社が次々と廃業していく中で、八欧鍍金工業の業績は好調だ。何より、難易度の高い案件や、業界初の新製品について、「一緒に考えてもらえませんか?」と相談されるようになったことが大きい。今では、お客様企業とのコラボ製品を多数抱えているというから驚く。下請け企業というよりもはや、水平の関係で協業するパートナー企業だ。
メッキ業界の市場は9割以上が防錆メッキで占められる。残りの1割は機能メッキ、化粧メッキに分類され、鉄素材への化粧メッキとなると、さらにプレイヤーは少なくなる。ニッケルクロムメッキは一般的に、不良率が高い。競合会社が手を出したがらない高難易度の技術分野だ。八欧鍍金工業は一貫して、このニッチなマーケットで勝負し、技術力を蓄えることに成功した。もはや、ライバルらしいライバル企業は存在しない。「強いて言うなら、海外の会社くらい。そこがまた技術力があってね。」と嬉しそうに笑いながら言う。まるで他社との切磋琢磨を楽しんでいるようだ。
よそのメッキ会社がさじを投げるような案件でも、「八欧鍍金さんならなんとかしてくれる」という信頼感は絶大だ。部品メーカーのエンジニアが、メッキ加工の技術を学ぶために工場見学に来ることも多い。
「昔は見た目だけピカピカになるようメッキしていればいい時代だった。でもこれからは違う。安全基準や品質保証が厳しくなって、より一層本物が求められる。」本物志向が顕著になる技術潮流は、オンリーワンの技術力を持つ八欧鍍金工業にとって、心強い追い風となるだろう。